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「はれのひ」事件

2018年1月8日、成人式が各地で行われたまさにその日に、振袖の販売やレンタルを受けていた業者「はれのひ」と連絡がつかなくなり、予約していた新成人が晴れ着を着ることができなくなってしまた「はれのひ」の事件。予約していた新成人はもちろん、そのご家族、そしてニュースを見ていた多くの人々にとっても驚きと衝撃が走ったニュースだったのではないでしょうか。

よりによって人生の節目である成人式に雲隠れするとは、いくら事業が立ち行かなくなったとしても、もうちょっと人を傷つけないやりようがあったのではないかと思わざるを得ません。全く部外者である私などでもそう思うのですから、被害を受けた新成人やそのご家族は、やるせない思いでいっぱいだったとお察しします。その後多くの救済の手が向けられたことや、支店の中には独断で営業を行ったところもあったということで少しは明るい兆しもありましたが、業界の問題点があぶり出された事件となったことは否めないでしょう。

今まで成人式のビジネスについては全く知識がなかったのですが、今回の件で改めて以下のようなことに驚き、危惧を感じました。それは…

・晴れ着ビジネスのターゲットが成人式、卒業式などピンポイントに集中していること
・消費者はそのために早くから予約、入金しないと着られないという危機意識を持たされること
・晴れ着が制服のようになってしまって、晴れ着が着られないと成人式に出席できないと感じてしまい、実際に欠席してしまうこと 

以前、こちらの記事で小学校の卒業式の袴について書かせていただいたのですが、今回のはれのひ事件で感じた危惧は、小学校の卒業式の袴に関しても、全く同じように当てはまるのではないのかという思いを持ちました。晴れの日に晴れ着を着たい、ごく普通のこの年頃の子の希望のようですが、それにビジネスが絡むと途端に次のようなリスクが生じるのだということを頭に置いておかないといけないのかもしれません。

前金で支払う危うさ

なんでも成人式の振袖のレンタルは、女の子が高校生の頃からダイレクトメールが届き、2年前から支払いを済ませて気に入った振袖を予約するということが、普通に行われていたそうです。早く予約しないと気に入った柄が押さえられない、といった理由で前金での契約を促すのが常套手段だったようなのですが、2年後その業者が健全な営業を続け、存続しているかどうかは分からず、このビジネスモデルの大きなリスクが明らかになったと思います。

小学校の卒業式の袴もかなり早くからダイレクトメールを受け取るケースがあるようです。突然の案内に、一体どこから個人情報が漏れているのかと気味の悪い思いをする家庭もあると聞きます。知らない間に子どもの名前や年齢が業者に知られているなんて、怖いですね。少子化に伴い、少ないパイを奪い合う業者も必死ということでしょうか。

需要がその日に集中するリスク

成人式や小学校の卒業式は、地域で一斉に行われる行事です。着物人口がどんどん少なくなっている昨今、普段から着付けや和装の需要が多いとは言えず、日付の決まった「晴れの日」にのみ、需要が殺到する状態になるようです。

その結果、今回の詐欺のような「はれのひ」事件ほどでなくても、着付けが間に合わずに成人式に行けなかったという話は今年に限らずあるようで、ネットのあちらこちらでそんな声を見つけることができます。地域の着付けを行う美容室などでは、かなり早朝から突貫作業で着付けを順に行っていくのですが、予約が殺到することで捌き切れなくなり、式の開始時刻に間に合わなくなる…というケースがあるようなのです。

晴れ着を着れなくなって結局成人式に行けなかった…という悲しい思いをしたためたものもあります。業者の時間配分のミスやちょっとした手違いで、故意ではなくても結果的には行けなくなってしまうこともあるんですね。美容室も普段はこんなに大勢の着付けをすることはないでしょうから、気の毒な面もあるのですが、同じ日に着付け需要が殺到するリスクも考えないといけません。小学校の卒業式も地域で一斉に同じ日に行われます。成人式と同じリスクもあると考えた方がいいでしょう。

振袖が成人式の制服になっている?

また「振袖じゃないと行けない」と思わせる式にしてしまうリスクを強く感じました。実際はそのようなドレスコードがある訳ではなく何を着て行ってもいいのですが、「振袖=成人式の制服」のようになってしまっている側面は否めません。もちろん地域差もあり、ポリシーを持ってスーツなどを着て行く女性もいます。とても素敵だと思います。

しかし多くの新成人が「振袖が着れないから行けない」と思ってしまい、周りもそれが当然だと思う。そのくらい振袖の制服化が進んでいて、多くの地域でそんな式になってしまっていることも今回の事件で分かりました。流れに任せて行くうちにいつの間にか業者主導になり、作ってもいないはずのドレスコードが暗黙の了解になっている、そんな怖さを感じました。

そしてこれは小学校卒業式の袴着用でも全く同じです。

札幌の小学校の卒業式は袴が多い?

以前、札幌の小学校の卒業式で驚いたこと。袴率が高い!って本当?という記事を書きました。私は札幌に引っ越してくるまで小学校の卒業式に袴を着るという発想すらなかったのですが、そういう土地柄なんだ、と驚いたことを覚えています。ただ、この記事を書いた時の袴着用人数は、せいぜい女の子の半数程度と男の子が数人といった感じでした。しかし、どうもここ数年で驚くべき速さでどんどん増えていっているようなんですね。

北海道ニュースUHBによると、札幌のある貸衣装店の方は、その過熱ぶりをこう語っています。

「小学生のはかまは、今季は130件の予約です。5年前は10件程度だったんですけど、ここ2~3年で、13~15倍程になっている」

引用元:北海道ニュースUHB小学校卒業式 「はかま」人気過熱 早朝から着付けで”卒倒” 「娘に差が…」問題も 札幌市

札幌の気質的なものににブームに乗りやすいところがあり、また子供が学校で身に付ける体操着や上履き、水着なども本州とは違って好きなものを着るのが普通ということもあり、一度流れができると歯止めが効かない部分があるような気がします。

全国的にもその傾向があるようなので札幌だけではないのかもしれませんが、このまま「小学校の卒業式=袴」という図式を作ってしまっていいのかというと、やっぱりまずいのではないか…と気持ちが今回の事件で強くなりました。それは上に挙げたリスクを孕んでいることだけではなく、次のような家庭による袴着用難易度の差という理由もあるからです。

小学校の卒業式=袴がまずいと思う理由

小学生の袴は全部親がかり

成人式で振袖が着たいと思ったら、親にお金を出してもらう人も多いでしょうが、もう大人ですから自分のお金で用意する人もいます。着付けにしろ髪のセットにしろ、自分で予約もできるでしょうし、自分で歩いて着付け会場や式の会場に行くこともできるでしょう。

しかし、小学生が袴を着用するのは全て親がかりです。親や家族の状況で袴着用のハードルが全然違います。よく経済的なことだけが取り上げられ自己責任論みたいなものにすり替えられますが、小学生の場合は決してそれだけではありません。

ワンオペじゃできない

例えば人手の問題。送迎や付き添いなどを考えると、小学生が袴を早朝から着用するには大人の付き添いが不可欠です。一人っ子ならワンオペ育児の家庭でも大丈夫でしょうが、小さい兄弟がいる家庭では途端にハードルが上がります。ましては卒業式は平日。両親とも仕事を休めて卒業式に専念できる家や、祖父母や親戚のヘルプが見込める家庭と、人手のない家との袴着用難易度は大きな違いがあると言えるでしょう。

兄弟の年の差

下の兄弟がいないからといって難易度が低いとは限りません。その年によりますが、小学校の卒業式と、公立高校の合格発表の日がかぶる年があります。受検生の兄や姉がいる家では正直袴着用どころではないのではないでしょうか。でも合格発表はまさに節目な大事な日ですから、兄姉のせいで袴が着れなかった、なんて思って欲しくないですね。

親のポリシー

親が小学生の卒業式に袴なんて必要ないという考えを持っている場合、袴着用難易度は上がります。私もそうなのですが、小学生の卒業式に袴という発想すらない時代や地域というものがありますから、その考え方はあって当然です。

それでもお子さんに「袴を着たい!」と説得された場合、きっとどんな親でも葛藤があると思います。「だってみんな着るから」と言われてポリシーを曲げる親御さんもいるかもしれません。それでも「やっぱり必要ないと思う」ときちんと伝える親御さんもいるでしょう。

その葛藤も、妥協も、ポリシーを貫く姿もすごく理解できます。袴を着せる親御さんが皆諸手を上げて賛成している訳ではないでしょう。卒業式の制服が袴になってしまっている状態で、そうせざるを得なくなっている家庭もあるのではないでしょうか? 半分程度の着用人数ならまだしも、大多数が袴着用となると、仕方なくそうしている家庭もあるのではないかと考えてしまいます。

本当に子供のためになっているのか

北海道ニュースUHBのニュースでは前述とは別のお店の方がこう述べています。

「今季は予約を50件いただいているので、一番早い方だと朝3時、夜中ですかね」
卒業式当日は予約が殺到するため、早朝どころか未明に開店。スタッフ10名総出で着付けにあたります。

「早起きで体調が悪くなってしまって、式中に倒れてしまうお子様が多くなってるから、学校自体袴着用を禁止する所も増えてきてるみたい」

引用元:北海道ニュースUHB小学校卒業式 「はかま」人気過熱 早朝から着付けで”卒倒” 「娘に差が…」問題も 札幌市

ここまで人数が増えると当然成人式と同じく、未明からの着付けになります。こういう状態だと、体調管理も難しいですよね。途中具合が悪くなってしまうと卒業式自体にも支障が出ますし、何より本人が一番辛い思いをするのではないかと思います。いくら着たいと本人が言っても、これは本当に子供のためになっているのかな、と考えてしまいます。

袴が着られないから欠席というのは

そして卒業式の制服が袴のような状態になってしまったら、袴が着れないから卒業式に出席したくないという子供が出てくるのではないでしょうか。大人の年齢になった新成人でさえそういう気持ちになってしまうのですから、思春期の子供がそういう気持ちになってしまうのも仕方がないと想像します。

しかし卒業式は成人式のように任意で出席か欠席かを決められる式ではありません。6年間の小学校生活が終わる節目であり、何度も練習を繰り返した思い出に残る大切な学校行事です。家庭の事情でも、着付け業者の時間配分ミスでも、たとえ業者の夜逃げであっても他の服を着て出席するべきものだと思います。それは義務という話ではなくて、長い目で見た時に出席した方が良かったと思うのではないか、という意味で。

同調圧力を感じやすい年頃ですから、袴が制服状態の式は出にくいと感じて悲しい思いをしてしまうかもしれません。それでも卒業式は出席した方がいい行事だと思います。そしてだからこそ、「袴じゃないと行けない」とか、「着られなかったから欠席したい」と思わせる式にしてしまってはいけないのではないかと思うのです。

各家庭のポリシーがあっていい

子供にとっては可愛い服を着たいという他愛のない思いで、また同調圧力の強い年頃でしょうからこの流れを彼ら自身で止めることはできないでしょう。歯止めになりうるとしたら、学校か保護者です。もう一度、小学校の卒業式に袴が必要なのか考えてみて、必要ないと思ったら子供にそう伝えていいのでは?たとえスーツ派が少数派になっても、ポリシーを貫くことは素敵だと思いますよ。

小学校の袴の着用は多分に晴れ着業界の働きかけや流行があると思います。はれのひ問題を経験した今、この先袴の流行がどうなっていくのか、今年はもうすでに予約してしまった人が出席するので今までの流れを継続するでしょうが、来年が多分節目になると思います。お父さん、お母さん方、そして学校関係者の皆さんは、この先大人としてどうすればいいと思われますか?