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札幌人の気質は、おおらかで合理的?

青い空

札幌人の気質は、一般に「おおらか」と言われています。

・フレンドリーで気さく。
・細かい事は気にしない。
・合理的である。

などもよく聞きますね。どれもなるほど~~と思わせられる評価ばかりです。

しかし!

札幌人といってもいろいろな人がいます。

そもそも道内や道外からの転入者も多い札幌市。歴史的にもいろいろな土地からやってきた人たちが集まった開拓民の街です。
一概にこう、と言ってしまうのは無理があります。

開拓の歴史と道民性

ただこういった、いろいろな土地から色々な人が集まって暮らし始めたことによる知恵のようなものが、北海道の道民性となって今も受け継がれているのかなあと思う事は確かに度々あります。

例えば、細かいことに気にしないのは、いろいろな価値観の人たちが集まる中で暮らす知恵だったんじゃないかと思いますし、合理的なのも多様な価値観の中で考えをすり合わせて行った結果なんだろうかと。

またフレンドリーな反面、個人主義的だとか、他人に干渉しないとも言われますが、これもいろいろな土地からやってきた人たちが集まって暮らす中で、苦い経験などもあったりして、そこから培った知恵なのかもしれないと想像します。

専用席から見る気質

でも、こういうステレオタイプな評価とは別に、割と生真面目な部分も持ち合わせている、と感じることがあります。

例えば、札幌市営地下鉄にある車内の専用席。

札幌以外では「優先席」とか「シルバーシート」とか呼ばれることの多い席ですが、札幌の地下鉄では、体が不自由な方などの為の「専用席」となっているために、混んでいても対象でない人は座ろうとせず、そこだけぽっかり空いていたりします。

空いているんだから、対象の人が来るまでは座っていてもいい、という考えはそこにはありません。(ちなみに、専用席の利用対象者は高齢者に限定したものではなく、「からだの不自由な方」「乳幼児をお連れの方」「妊娠されている方」「内部障がいをお持ちの方」となっています。)

かたくなに「専用席」ルールを守る姿は、道外の優先席になれた旅行者を度々驚かせるようです。

このことがいいのか、悪いのか、これもお上の決めたルールにはあえて逆らわない開拓民時代からの気質からくるものなのか、よくわかりません。賛否両論あると思います。でも、本当に席を必要としている方お立場に立ってみれば、いつ地下鉄を利用しても、確実に席が空いているということは、外出する上でとても心強い安心材料になっていることには間違いありません。

バリアフリーというのは、段差や設備を整備することだけではなく、こういった施策や、それを遵守する社会的コンセンサスも指すのだな、
と専用席がきちんと活用されているのを見るたびに思います。

こちらの記事もどうぞ→

辛抱強い・女性が強い

他にも、札幌人の気質として、辛抱強い、とか女性が強い、とか良く聞きますね。
あと、おしゃれ好きだとか、新しモノ好きだとか。
こういう評価が皆に当てはまるとは思いませんが、なるほど~とも感じます。

辛抱強いのは、冬の厳しい天候との戦いがなせる技なのかはたまたこれも開拓民気質なのか…。自然や天候には勝てないということを分かっているといるなーというのは日々感じます。女性が強いのは事実かも。こちらも男性と同等な立場で家を守った開拓民気質の名残りかもしれません。

そして北海道といえば、こうした気質の賜物かと思われる数々の北海道ルールも有名ですよね。札幌でも面白い北海道ルールに触れる機会が沢山あります。転校生目線で見た北海道・札幌ルールをまとめたので、詳しくはこちらの記事をどうぞ→
【特集記事】転校生目線で見た子どもの生活と北海道・札幌ルール

応援力がある

札幌の人は応援力があるとも感じます。例えば今は世界的にも有名となったさっぽろ雪まつり。元はと言えば地元の中高生が大通公園に6基の雪像を作ったことが始まりだったのだとか。それを支持し盛り上げて今のような大きなまつりとなったのは、札幌人の応援力というか盛り上げる力があったのではないかと思います。新しモノ好きで熱しやすい面もまつりを作り上げる点で役立ったのかもしれません。

日本ハムファイターズも、北海道に拠点を移してから多くの人の支持を受け、メキメキと強くなった印象がありますよね。こんな風にイベントやチームを応援し盛り上げることが上手だなと感じることが多いです。

冷めやすく内向きな面も

流行に飛びつきやすい一方で、冷めやすい面もあるかもしれません。新しくできたお店や話題にぱーっと飛びつく一方、忘れられるのも早いような気がすることも…。これは経済的な理由もありそうですが、お店の閉店サイクルが早いような気がします。

またぐるーっと海に囲まれ、まるで独立ミルク王国のような北海道。なんだか道内で全て完結してしまっているような、そんな意識を感じることも。内地のことに関心があるのかないのか、はたまた複雑な思いがあるのかないのか…。首都圏や大阪圏などでは県境を越境して通勤通学することも普通なので自然と他の県の様子も目に入りますが、北海道では物理的にほぼ不可能です。そんな理由なのかどうかはわかりませんが、あまり他の県の動向に敏感ではなく、道内だけに目が向いているように感じることもあります。そして、それでも全く問題ないところが北海道仕様なのかも…。

北海道ブランドの価値と自虐癖

もう一つ感じるのが、北海道ブランドの価値は外の人の方が高く評価してくれているのではないか、ということです。食も文化も自然も素晴らしいものが沢山ある北海道ですが、北海道や札幌の人は美味しい野菜も魚も水も空気もお菓子も、そこにあって当たり前のもの。もちろん地元のものに誇りも愛着もあると思いますが、北海道ブランドとしての価値は、内地の人や外国の観光客の方が高く評価してくれているというような気がします。もっといろいろ誇って売り込めばいいと思うのですが、私から見ると内向きで自虐的にさえ感じることが時々あります。

例えばYOSAKOIソーラン祭り。冬のさっぽろ雪まつりと並ぶ初夏の大きなイベントですが、地元からの批判が多いという記事がここのところかなり目につきます。一部の声が面白おかしく取り上げられてこう言う流れになってしまったような気もしますが、なんで地元民が地元のブランドを貶めるような発信をするのか不思議に感じます。

ただこうも感じます。お国自慢というのは、周りにライバルとなる他の地域の人がいてこそのもの。ここは前述の通り、ぐるーっと海に囲まれ、まるで独立ミルク王国のような北海道。見渡す限り自国民に囲まれた状況で自国民同士が話すとなると、どうしても愚痴っぽくなってしまうのかと。おそらく本当は郷土愛は強く、誇る気持ちもあるはずです。ただ視線があまりに内向きなため、内省的というか自虐的な傾向の言動が多いような気が…。

あまりにその傾向が強まると、自国の文化を衰退させる可能性があるのでは…と懸念します。それについて詳しくはこちらの記事でどうぞ→
YOSAKOIソーランの批判について思うこと。マナーが悪いは本当なのか?

前述しましたが、一口に札幌人と言ってもいろんな意見があり、いろんな人がいます。ですから一概にこう、とはいうことができませんが、盛り上げ力、応援力を使って地域を盛り上げていければいいですね。

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